090-1642-6920
〒003-0024 北海道札幌市白石区本郷通8丁目南2-8 2階
営業時間 / 19:00~26:00 定休日 / 日曜・月曜
暇すぎるから小話を
暇すぎるので長々と小話を書きました。
確定申告は明日から頑張る。
すべてはテンキーを家に忘れてきた僕が悪い!!
―――
好きな人がいた。
彼女とは家の近くの飲み屋で出会った。
その飲み屋は私が札幌から大阪に転勤して住んだ家から歩いて三分のところにあるので、週に何度も通っていた。
きれいな女性が営んでいるところで、料理もおいしかった。サラダが大盛でくるのが男の一人暮らしにはありがたかった。
彼女を紹介してくれたのはそこの店主のユキさんで、「彼女は秋田出身だから、同じ北国同士で気が合うかなと思って」とのことだった。
初めて会ったときから恋は始まっていた。
「はじめまして」
彼女はそういうと人懐こそうに笑ったが、あとに続く言葉を発することに躊躇している様子で、合間を埋めるためか手にしていた黒ビールのジョッキを半分ほど一気に飲んだ。
それから大阪に来た時のこと、何度朝を迎えても大阪の言葉になじめないこと、ここらでおすすめの店のことなどを話していると打ち解けてきたのか彼女はよく笑うようになった。
彼女は、一つの話に段落がつくたびに飲み物をおかわりした。
最初は黒ビールだったものがワインになり、二時間も経ったときにはウイスキーのロックになっていた。
「お酒、強いんですね。秋田出身だから?」
「どうなんですかね。好きですよ、お酒。飲んでいたら楽しいじゃないですか。最初の方は緊張してペース早くなっちゃいましたけど」
「緊張していたんだ。よく飲む人だなぁとは思ってみてました」
「そうですね。いまの生活だと同年代と話す機会もあまりないですし、それに、田村さんは結構タイプの人だったので」
「あら、それはありがとうございます。僕もアヤカちゃんの飲みっぷり、好きですよ」
私の言葉を聞くや彼女はまたウイスキーを飲み干した。
それからは店に行くたびに会うようになり、たくさんの話をした。
気になるイベントのこと、せっかく大阪にいるから行ってみたい観光地、地元の友達の面白い話、そして直近の恋のこと。
いくら話しても話題が尽きることはなかった。
彼女は話を作るのが上手で、私は聞き役になることがほとんどだったが、彼女の人生を追体験している気持ちになれるので全く苦ではなかった。
明るく快活に話す彼女の口元のえくぼを見ていた。
彼女の服装はスーツだったり緩めのデニムにパーカーだったり、かと思えばスカートにニットという女性らしい服装の時もあって、会うたびに彼女の違う側面を見ることができた。
この恋は彼女に伝えるべきなのだろうか。
私は悩んだ。
このまま好いているだけの方が良いのではないか。
失恋をしてしまうことが怖いのではなかった。
彼女に触れてしまうことが怖かった。
いま私が好いている彼女は、彼女を作るに至った過去の蓄積でできている。
飲みながら聞いた友達のこと、初恋のこと、直近の恋が実らなかったこと、そしてそれ以外にも、たとえば初めてのセックスもあるだろうし、それ以外の男のこともあるだろう。
あるいは彼女はいま恋をしているのかもしれない。
現在この瞬間の過去が積層になったものが彼女であり、そこには彼女の意思と多数の他人の手が加えられている。
その彼女が好きということは、博物館にある彫像に感動することとほとんど同じではないか。
素材そのものに直接触れるのはノミであり彫刻刀であったりだろうが、製作者の意図と気持ちが多分に入り込んでいる。そしてその像自体にも意味がある。
だからこそ彫像は美術でありながら信仰の対象となりうるし、保護の対象にもなる。
信仰の始まりには畏怖と好意があるが、好意から始まる信仰をみれば、いま私が彼女に持っている気持ちも信仰となんら違いはないのではないか。
私が彼女に触れることは私が好いている彼女――過去の彼女の積み重ね――を一気に否定し、俗世に引っ張り出してしまうことにはならないか。
そう考えると、このまま気持ちを持っているだけの方がよほど高尚な恋ではないか。
物事を小難しく考えすぎてしまうのは私の悪い癖だと自認していたが、自らの気持ちに論理を当て込んで解釈する行為が好きなのだった。
まったく、面倒な男だと思う。
次に飲み屋に行った時は、前回から二週間経っていた。
扉を開けると、カウンターの一番奥に彼女はいた。
「久しぶりじゃないですか」
彼女は珍しく酔っているようだった。
「なんだかんだ忙しくてね。お酒飲むのも二週間ぶりだよ」
私は彼女の横に座ってビールとサラダ、カツサンドを頼む。
乾杯してからずっと彼女は話し続けていた。
どうやら彼女自身もこの二週間は忙しかったらしく、いつにもまして仕事の愚痴が多い。
それでもこの店には通い続けて飲んでいたのだそうで、心身の疲れで今日はいよいよ酒に負けているらしい。
「そんなに疲れているなら家で寝た方がいいのに。そもそもそんなに飲み続けたら破産してしまうんでないかい。ねぇユキさん」
店主のユキさんに話を振る。ユキさんはフッと微笑むことを返事にした。
「家にいてもつまらないですから。田村さんくらいしか話し相手がいないのに、全然来ないですし」
「ここで飲んでいたら話し相手くらい見つかるでしょ」
「私には大阪で友達がいません」
「あら、そうなの」
「それに私は一人では何もできない人間なんですよ。太陽の塔を見ながらビールを飲みたいですし、京都にも飲みにいきたいんです。
神戸の異人館街に行った後に元町界隈で飲んでみたい。ベタに新世界ではしご酒のしたいんです」
「前にも言っていたけど、本当にお酒のことばかりだね」
「田村さん、私のこと好きでしょ。いつになったら言ってくれるんですか」
彼女はウイスキーが入ったグラスを手にしたまま、さも天気の話でもしているかのように自然に言った。
「私、田村さんに初めて会った時から、この人と付き合いたいなぁと思っていたんですよ。なのに連絡先も聞いてこないんですもん」
「そうなの。いや、びっくりだね」
「私は田村さんのことが好きですよ。田村さんは?」
戸惑ってユキさんを見ると「そういうことみたいやね」とやわらかい大阪訛りが返ってきた。
おわり
――――
またつまらぬものを書いてしまいました。
はぁ、確定申告……
アヤカは、あ~ちゃんこと西脇綾香から。
◆◇————————————————————◇◆ ペダルバル 電話番号:090-1642-6920 〒003-0024 北海道札幌市白石区本郷通8丁目南2-8 2階 営業時間 / 19:00~26:00 定休日 / 日曜・月曜 ◆◇————————————————————◇◆
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24/11/22
24/06/26
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暇すぎるので長々と小話を書きました。
確定申告は明日から頑張る。
すべてはテンキーを家に忘れてきた僕が悪い!!
―――
好きな人がいた。
彼女とは家の近くの飲み屋で出会った。
その飲み屋は私が札幌から大阪に転勤して住んだ家から歩いて三分のところにあるので、週に何度も通っていた。
きれいな女性が営んでいるところで、料理もおいしかった。サラダが大盛でくるのが男の一人暮らしにはありがたかった。
彼女を紹介してくれたのはそこの店主のユキさんで、「彼女は秋田出身だから、同じ北国同士で気が合うかなと思って」とのことだった。
初めて会ったときから恋は始まっていた。
「はじめまして」
彼女はそういうと人懐こそうに笑ったが、あとに続く言葉を発することに躊躇している様子で、合間を埋めるためか手にしていた黒ビールのジョッキを半分ほど一気に飲んだ。
それから大阪に来た時のこと、何度朝を迎えても大阪の言葉になじめないこと、ここらでおすすめの店のことなどを話していると打ち解けてきたのか彼女はよく笑うようになった。
彼女は、一つの話に段落がつくたびに飲み物をおかわりした。
最初は黒ビールだったものがワインになり、二時間も経ったときにはウイスキーのロックになっていた。
「お酒、強いんですね。秋田出身だから?」
「どうなんですかね。好きですよ、お酒。飲んでいたら楽しいじゃないですか。最初の方は緊張してペース早くなっちゃいましたけど」
「緊張していたんだ。よく飲む人だなぁとは思ってみてました」
「そうですね。いまの生活だと同年代と話す機会もあまりないですし、それに、田村さんは結構タイプの人だったので」
「あら、それはありがとうございます。僕もアヤカちゃんの飲みっぷり、好きですよ」
私の言葉を聞くや彼女はまたウイスキーを飲み干した。
それからは店に行くたびに会うようになり、たくさんの話をした。
気になるイベントのこと、せっかく大阪にいるから行ってみたい観光地、地元の友達の面白い話、そして直近の恋のこと。
いくら話しても話題が尽きることはなかった。
彼女は話を作るのが上手で、私は聞き役になることがほとんどだったが、彼女の人生を追体験している気持ちになれるので全く苦ではなかった。
明るく快活に話す彼女の口元のえくぼを見ていた。
彼女の服装はスーツだったり緩めのデニムにパーカーだったり、かと思えばスカートにニットという女性らしい服装の時もあって、会うたびに彼女の違う側面を見ることができた。
この恋は彼女に伝えるべきなのだろうか。
私は悩んだ。
このまま好いているだけの方が良いのではないか。
失恋をしてしまうことが怖いのではなかった。
彼女に触れてしまうことが怖かった。
いま私が好いている彼女は、彼女を作るに至った過去の蓄積でできている。
飲みながら聞いた友達のこと、初恋のこと、直近の恋が実らなかったこと、そしてそれ以外にも、たとえば初めてのセックスもあるだろうし、それ以外の男のこともあるだろう。
あるいは彼女はいま恋をしているのかもしれない。
現在この瞬間の過去が積層になったものが彼女であり、そこには彼女の意思と多数の他人の手が加えられている。
その彼女が好きということは、博物館にある彫像に感動することとほとんど同じではないか。
素材そのものに直接触れるのはノミであり彫刻刀であったりだろうが、製作者の意図と気持ちが多分に入り込んでいる。そしてその像自体にも意味がある。
だからこそ彫像は美術でありながら信仰の対象となりうるし、保護の対象にもなる。
信仰の始まりには畏怖と好意があるが、好意から始まる信仰をみれば、いま私が彼女に持っている気持ちも信仰となんら違いはないのではないか。
私が彼女に触れることは私が好いている彼女――過去の彼女の積み重ね――を一気に否定し、俗世に引っ張り出してしまうことにはならないか。
そう考えると、このまま気持ちを持っているだけの方がよほど高尚な恋ではないか。
物事を小難しく考えすぎてしまうのは私の悪い癖だと自認していたが、自らの気持ちに論理を当て込んで解釈する行為が好きなのだった。
まったく、面倒な男だと思う。
次に飲み屋に行った時は、前回から二週間経っていた。
扉を開けると、カウンターの一番奥に彼女はいた。
「久しぶりじゃないですか」
彼女は珍しく酔っているようだった。
「なんだかんだ忙しくてね。お酒飲むのも二週間ぶりだよ」
私は彼女の横に座ってビールとサラダ、カツサンドを頼む。
乾杯してからずっと彼女は話し続けていた。
どうやら彼女自身もこの二週間は忙しかったらしく、いつにもまして仕事の愚痴が多い。
それでもこの店には通い続けて飲んでいたのだそうで、心身の疲れで今日はいよいよ酒に負けているらしい。
「そんなに疲れているなら家で寝た方がいいのに。そもそもそんなに飲み続けたら破産してしまうんでないかい。ねぇユキさん」
店主のユキさんに話を振る。ユキさんはフッと微笑むことを返事にした。
「家にいてもつまらないですから。田村さんくらいしか話し相手がいないのに、全然来ないですし」
「ここで飲んでいたら話し相手くらい見つかるでしょ」
「私には大阪で友達がいません」
「あら、そうなの」
「それに私は一人では何もできない人間なんですよ。太陽の塔を見ながらビールを飲みたいですし、京都にも飲みにいきたいんです。
神戸の異人館街に行った後に元町界隈で飲んでみたい。ベタに新世界ではしご酒のしたいんです」
「前にも言っていたけど、本当にお酒のことばかりだね」
「田村さん、私のこと好きでしょ。いつになったら言ってくれるんですか」
彼女はウイスキーが入ったグラスを手にしたまま、さも天気の話でもしているかのように自然に言った。
「私、田村さんに初めて会った時から、この人と付き合いたいなぁと思っていたんですよ。なのに連絡先も聞いてこないんですもん」
「そうなの。いや、びっくりだね」
「私は田村さんのことが好きですよ。田村さんは?」
戸惑ってユキさんを見ると「そういうことみたいやね」とやわらかい大阪訛りが返ってきた。
おわり
――――
またつまらぬものを書いてしまいました。
はぁ、確定申告……
アヤカは、あ~ちゃんこと西脇綾香から。
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ペダルバル
電話番号:090-1642-6920
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